夏の影(後編)
夏の影が僕らに既視感を覚えさせる。
遠くで蜃気楼と共に現実という曖昧な存在がゆらゆらと揺れていた。
さながらそれは誰かの言伝のように。
意味の成すものになれば幸いだ。
そこに存在価値を見出す事で。
多分、誰かが救われると思うからだ。









電車の中は涼しかったが如何せんこの季節はよく混む。鈴は座る所が無くて残念そうな顔をしていた。
僕は僕で電車内で立つ事が好きだから別に良かったが(これを鈴に話したらドン引きされた)
ここでおんぶでもして期限を取ろうと思ったが流石に電車の中じゃ迷惑になると思いやめた。
鈴もそこはちゃんと分別がきくらしく特に僕に何も言ってこなかった。
汗でベタベタになった服が冷気で肌に張り付くのがなんとも気持ち悪かったが、またどうせ汗だくになるのだからと我慢していた。
とりあえず僕は鈴の気をそらそうとシュノーケリングの必要性や昨今のハリウッド映画の制作費は何故あそこまで増加したのか、など数々の話題を振ったのだが全部無視された。リドリースコットの謙虚さを見習って欲しいと言ったら殴られた。
そんなこんなで1時間後、無事に目的の駅につくことが出来た。基本的に自意識過剰でアスペルガー症候群の為電車内で絶対何か起こると思っていたのだが特に何も起こらず。拍子抜けをしてしまった。
まぁ、そこは個人の問題ということで。
「さあここから後は十五分歩くだけだ。頑張ろうね、鈴」
「理樹」
「なんだい?」
「おんぶ」
聞こえないふりをした。






田舎、という言葉に差別的な意味を持っている訳では無いが、しかしやはりというか、何も無かった。
「何も無いな」
思わず呟いてしまった。
「いや、川がある」
「それ言ったら何でもあるよ」
鈴は道の端にある少し大きめの川の中にいる魚に興味を示していた。ちなみに鈴の格好は白のワンピースだ。本人はとても嫌がっていたがめちゃくちゃ似合ってる。選んだ人?大体分かるだろ。桃色だ。
「............」
「川もいいけど正面を見なよ。危ないよ」
「うっさい」
「..................」
とりあえず、なんとなく次の展開は予想できそうなので黙っていた。
「あう」
やっぱり。
ちゃんと前を見てないから転ぶんだ。
「どれどれ」
と、鈴の膝小僧を見ると少し傷が付いていたくらいで後は怪我もなさそうだった。安心した。
「鈴たてる?」
「立てない」
「あー.........ということは」
「おんぶ」












「ごめんください」
「おお、理樹君。大きくなったねぇ。......ところで後ろのは?」
「ペットです」
「そうかそうか、大きい猫だのう」
「いや、誰もツッコまないのか?」
おじゃまします、と僕と鈴は言って(何故鈴も言ったのかは謎)卓袱台が置いてある結構広い部屋に案内された。
「ちょっとまっててくれ。お茶とか用意するからな」
「いや、そんな」
「若いやつが遠慮なんかするな。まだ威張り散らしてた方が可愛げがあるよ」
褒められてるのか皮肉を言われてるのか分からなかったがとりあえず了承しといた。
鈴の祖父さんが台所に向かい僕と鈴の二人きりになった。
「鈴久しぶりに来てどう?」
「どうって、何も変わらない」
「何も」
「なんにも」
さよか。
とも思わせども。
「昔に戻ったみたいだ」
と、少し嬉しそうに呟いた。
僕は部屋の周りを見渡す。
テレビがあって卓袱台があって赤べこがあって。一言で言うなら生活感溢れる部屋だ。
僕にはその程度の感想しかない。
だが、鈴には語り尽くせないほど多くの思い出があるはずだ。
昔に戻ったみたいだ。
その一言は多分すべてを表してる。
また僕の勝手な決めつけかもしれないけど。
「お茶持ってきたぞ」
と、膳に二つの湯呑みを持ってきてくれた。まさかと思ったがそれを知ってか鈴の祖父さんはにやりと笑った。
「安心しろ。中身は麦茶だ」
そう言って僕たちに湯飲みを渡した。
飲んでみたが確かに美味しい麦茶だ。
ただ、何故湯呑みで持ってきたのか。
「理樹君、年寄りは余分なことがしたくなるのさ」
そんなもんかと、なんとなく納得した。








俺は少し用事があるから二人は外で遊んでこいと言われて僕達二人は当てどなくブラブラとしていた。僕達もう高校生だけどまだ子供扱いされるのかとも思ったけど、よくよく考えたら祖父さんからしたら小学生だろうが高校生だろうがどっちも子供なんだよなぁ。後、祖父さんっておじいちゃんなのにわしって言わないな。あれ?おじいちゃんってわしって言わないの?漫画だとあんなに書かれてるのに?とかなんとか鈴と話していた。
「日陰に行こう」
僕はあまりの暑さに提案した。
鈴は二つ返事で了承した。
僕達はその後都会には決して無いようなとてつもなく大きい木を見つけてその木の影に入った。
「しかしでっかいな。軽く十メートル超えてるんじゃないか?」
僕は上を見上げた。少し暗くなった緑色の葉が風でワサワサと揺れている。
「涼しい」
嬉しそうに鈴は寝転がった。
「おいおい、ワンピース汚れちゃうぞ」
「洗えばいい」
「まあそうだけどさ」
ため息をついて僕は鈴から正面に視点を変えた。
遠くに蜃気楼が見える。
ゆらゆらと揺れて酷く現実味を薄れさせる。
あの蜃気楼のように僕の今もまやかしかもしれないと。
僕は少なからず思ってしまう。
「鈴、僕達は幸せかな」
「幸せだ」
即答した。
「なんで?」
「理樹がいるから」
「僕が幻かもしれなくても?」
「それでも、幻の理樹はいるから」
「........僕は少し怖いよ」
鈴の顔を見ずに僕は話す。
「鈴が幻だったら、鈴がいなくなったら。全てが嘘だったら、無かったことにされたら」
「無かったことにはならない」
例え死んだとしても。
なかったことにはならない。
「だから安心しろ。私が死んでも私は生きてる」
「縁起でもないこと言うなよ」
「ん、確かに。でも、もしものために」
「遺言かよ」
「似たようなもんだ」
「....僕は誰かの中に残ることが出来るのかな」
「もう私の中に理樹はいるよ」
僕は思わず鈴の方を向いた。鈴は笑っていた。強く強く、揺るがない意志を持っているような。
何が起きても、私は後悔しない。
もう私は全てを手に入れた。
鈴は、そう言って目を瞑った。









夏影は僕ら二人を覆っている。
僕は何を思う。
何も思わない。
ただ鈴を見つめる。
僕の恋人が隣にはいる。
全てを手に入れた。
まるで世界のすべてを手に入れたように。
その顔は満足げだった。
..........いや、これだと鈴が死んだみたいじゃないか。
横のオンブマンはただ寝てるだけだ。
シリアスの欠片もない。
馬鹿馬鹿しくなった僕は鈴と同じように寝転がる。
目を閉じて昔を思い出す。
嫌なこと、楽しいこと。
いろいろあった。
十何年間でこれだ。
僕はこれから死ぬまでどれほどの悲しみと喜びを味わわなければならないのか。
でも、それも意味があることなのだろう。
鈴の祖父さんが言っていた無意味とは違う。
無意味な事なんてない。
すべては意味につながるからだ。
だから僕が今から急に隣で寝てる鈴にキスすることだって意味があることだ。
その後の自己責任は知らんが。
まぁ、そんなとこだろう。
それにしてもまあ。
「だらだらと考えて、まともな答えが一つも出ないなんて」
僕は一人で嘆いた。
こいつ馬鹿だと、鈴が呟いた。










夕方。
帰り道。
鈴と共に帰る。
「お腹空いた」
「僕も」
「私のりたまのふりかけが食べたい」
「僕は魚かな」
「........なぁ、理樹は私のこと好き?」
「大好きだよ」
「良かった」
「鈴は僕のこと好きだもんな」
「..............」
「なぜ黙る」
「冗談だ」
ニヤニヤと笑いながら鈴は僕と手をつないだ。
まるで昔のように。
あの頃は僕がよく守られてたっけ。
でも、今は僕が鈴を守る番だ。
「鈴」
「ん?......っておい!?」
僕は鈴をおんぶした。
「降ろせ!」
「なんで僕からおんぶすると嫌がるの?」
「それは......」
顔を真っ赤にしながら僕の背中に顔を埋めた。
「恥ずかしいし」
ああ、全く恥ずかしいよ。
あまあまだ。
馬鹿らしい。
でも嫌いじゃない。
むしろ大好きだ。
大好きだからこういうことも出来る。
こんな幻想みたいな生活を、送ることが出来る。
そして、まぁ。僕達の日常は過ぎていく。
終わりがあっても見えない果てしない日々の連続は僕たちに惰性というものを覚えさせる。
でも僕達はその惰性を愛していて。
きっとこれからも愛していくのだろう。
「鈴、僕といて、楽しいか」
チリン、と鈴の音は、鳴らなかった。
ワンピースだしね。
僕はひとりでに笑った。
呂布
2016年05月13日(金) 11時09分26秒 公開
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■作者からのメッセージ
夏が待ち遠しいです。

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